2016年7月26日更新
出典:タレントデータバンク
どんな人?
- 浜田光夫は1955年、民芸映画社の映画『石合戦』に主演して若杉光夫監督と出会ったことがデビューのきっかけとなった俳優。1960年に映画『ガラスの中の少女』でデビューした。
- 主な映画出演作は、『キューポラのある街』『愛と死を見つめて』『サンダカン八番娼館 望郷』『天平の甍』などがある。
- アルコール依存症に侵され、急性膵炎を発症したが、治療とリハビリの末、克服した。
芸能活動
1955年より俳優活動
浜田光夫は1955年、民芸映画社の映画『石合戦』に主演した。
この時、若杉光夫監督と出会ったことが後のデビューへとつながった。
1960年、映画『ガラスの中の少女』でデビューを果たした。[出典1]
主な出演作
主な映画出演作には、1962年の『キューポラのある街』、1964年の『愛と死を見つめて』、1974年の『サンダカン八番娼館 望郷』、1980年の『天平の甍』などがある。[出典1]
私生活
アルコール依存症を克服
浜田光夫は長年の飲酒がたたって「急性膵炎」になる。
2010年1月、突然背中と胃の裏側に激痛を訴え、体が水さえも受けつけなくなったという。すぐに病院へ行くと「急性膵炎」と診断され即入院をすることに。[出典2]
浜田は
3日病院へ来るのが遅かったら命を落としていたらしいんです[出典2]
と明かした。
その後、アルコール依存症の病院へ入り、リハビリを送った。当時を振り返って浜田は、
とにかく大変でした。
毎日のように自分がどうしてアルコールに依存したのか、その原因や気持ちをほかの患者さんたちとディスカッションしたり、アルコールで失敗していく人を描いた短編ビデオを見たり……。
まさにアルコール依存症更生のプログラムですね。
それになによりも自分より重度の依存症の人たちに囲まれていることによるショックが大きかった。
こんなふうになってしまうのかと……[出典2]
と語っていた。
リハビリの結果1ヶ月ほどで専門病院をでることができ、生活習慣を改めた。
今では1時間半かけて犬の散歩にも行くようになったと明かしている。[出典2]
出演
テレビ番組
出典
1943年10月1日生まれ、東京都出身の俳優。昭和35年、映画『ガラスの中の少女』でデビュー。1962年 エランドール賞 新人賞、サンケイ新聞シルバースター賞 男優新人賞、第25回日本映画批評家大賞 ゴールデン・グローリー賞(水野晴郎賞)受賞。主な出演作は、日本テレビ『若い川の流れ』、TBS『なんたって18歳!』『アイアンキング』、映画『キューポラのある街』『泥だらけの純情』など他多数。
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