2022年2月10日更新
出典:タレントデータバンク
どんな人?
- 栗原類(くりはらるい)は、日本で活動するモデル・役者。東京都出身の1994年12月6日生まれ。エヴァーグリーン・エンタテイメント所属。
- 5歳の時からモデル活動を開始し、男性向けファッション誌『MEN’S NON-NO』にも出演していた。
- 高校生の時にバラエティ番組に出演し、あまりにもネガティブな思考が話題となり「ネガティブすぎるイケメンモデル」として注目を集めた。
- 2012年放送のドラマ『よく眠れる森のレストラン~アナタノココロヲおもてなし~』(NHK)で役者デビューし、以降はドラマ・映画に出演している。
- 8歳の時に発達障害であると診断されたことを、2015年に公表した。
▼栗原類
生い立ち
栗原類は、東京都出身の1994年12月6日生まれ。現在年齢は30歳。身長180cm。エヴァーグリーン・エンタテイメント所属。[出典1]
イリギス人の父と、日本人の母の間に生まれた。[出典2]
親子とも発達障害
栗原類は小学生の頃をアメリカ・ニューヨークで過ごしており、現地の小学校に通っていた。
その際、自身の発達障害の可能性を指摘されたという。
また、行動観察や医師との診察などに付き合い、話をしていた母も発達障害であるADHDであると指摘されたという。
栗原もまた、母とは違う型のADHDであると診断された。
栗原は短期記憶に問題があったため、勉強などの記憶が残らない状態だったという。[出典3]
帰国後はいじめを受けた
栗原類は、小学5年生の時に日本に帰国。
帰国後は日本の小学校に通っていたが、周りと違うランドセルや高身長のハーフという理由でいじめにあっていたという。
また、発達障害から来る音に敏感な特徴が作用し、子供たちが怒鳴るように歌う合唱などが苦手だった。
そのため音楽の授業では耳を塞いでしゃがみ込んだり、教室から飛び出してしまうことが多かったそう。[出典3][出典4]
コメディアンに憧れて芸能界へ
栗原類はアメリカ生活の時に、コメディグループ「モンティ・パイソン」をテレビで観たという。
幼い頃からモデルとして活動していた栗原だったが、様々な人になりきって人を笑わせる彼らを観て、「役者になりたい」と思ったそう。
また日本で過ごしていた中学生時代は、周りに合わせたり空気を読んだりすることが苦手で、そうした場にいると自分が自分でなくなるような感覚を覚えていた。
しかし、芝居でならそうした状況や環境が関係なくなり、自分ではない誰かになって人を笑わせらると改めて思ったという。
そのため、高校を卒業したら劇団に所属して芝居の勉強をしようと思っていたそう。[出典5]
芸能活動
栗原類は5歳の頃からモデルとして活動を開始。
中学2年生の頃には、ファッション誌『MEN’S NON-NO』などにも登場するようになった。[出典6]
また、「東京コレクション」や「パリコレクション」などにも出演している。[出典7]
その後、2012年に『アウト×デラックス3』(フジテレビ)でバラエティ番組に初出演。
「ネガティブ発言を連発するイケメンモデル」として大きな注目を集め、ブレイクした。[出典6]
同年には、スペシャルドラマ『よく眠れる森のレストラン~アナタノココロヲおもてなし~』(NHK)に出演し、役者デビュー。[出典8]
1994年12月6日生まれの東京都出身。モデルやタレント、俳優としてテレビや雑誌で幅広く活躍。主な出演作品に、フジテレビ『笑っていいとも!』『ルパンの娘』、TBS『彼岸島』『潜入探偵トカゲ』、テレビ東京『みんな!エスパーだよ!』、映画『ハナレイ・ベイ』『108~海馬五郎の復讐と冒険~』、舞台『春のめざめ』『気づかいルーシー』など。今後の更なる活躍が期待される。
出典:タレントデータバンク