どんな人?
- 杉浦直樹は1950年に内田良平、小松方正らと「新演劇研究所」を設立し主に舞台で活躍した。
- 1958年に松竹へ入社。活躍の場を映画に広げ、数多くの作品に出演した。主な代表作に映画『錆びたナイフ』『ときめきに死す』などがある。
- 「役者は生活のにおいを出してはいけない」という信念に基づき、ホテル暮らしをつらぬいたことで知られている。
芸能活動
劇団での活動から映画の世界へ
杉浦直樹は1950年に内田良平、小松方正らと「新演劇研究所」を設立し、主に舞台を中心に活躍した。その後、1958年に松竹へ入社してからは活躍の場を映画にと広げ、数多くの作品に出演した。
代表作には、映画『錆びたナイフ』『ときめきに死す』『岸辺のアルバム』『父の詫び状』などがある。[出典1]
私生活
ホテル暮らしを貫く
杉浦は26歳で3才年上の女性演出家と結婚。しかし、1971年には離婚している。
その後は「役者は生活のにおいを出してはいけない」という信念のもと、離婚後は家を持たず結婚を否定し、生涯独身を貫くといい、ひとりでホテル暮らしをはじめたという。[出典2]
2度目の結婚
杉浦は2006年9月に脳梗塞で倒れた。
右半身が動きにくい状態になった杉浦を支えたのは、内縁の妻として10年以上人生を共にしてきた女性だったという。
杉浦は脳梗塞で倒れて1年後の2007年、献身的に自身を支え続けえた女性と入籍。
杉浦にとって2度目の結婚となった。
その後杉浦は2011年9月21日に肺腺がんのため、79歳で死去。[出典2]
報道によると、最後の言葉は、
私の人生、メデタシ、メデタシ[出典3]
だったと報じられている。
出演
映画
- トラック野郎・天下御免 (東映)
- 39 刑法第三十九条