2021年3月12日更新

出典:タレントデータバンク
どんな人?
- 石丸謙二(いしまるけんじろう)は、日本で活動する役者・ナレーター。大分県出身の1953年11月1日生まれ。
- 1978年に劇団「つかこうへい事務所」公演の舞台『いつも心に太陽を』で役者デビューを果たした。
- 1982年公開の映画『蒲田行進曲』でスクリーンデビュー後、映像作品にも多く出演。
- 落ち着いた声音を生かし、1987年からミニ紀行番組『世界の車窓から』(テレビ朝日)のナレーションを担当している。
- アウトドアスポーツが趣味で、ウインドサーフィンでは日本歴代2位の記録を持っている。また、スポーツ番組『SASUKE』(TBS)『スポーツマンNo.1決定戦』(TBS)の常連出演者でもある。
プロフィール
芸名 / 読み | 石丸 謙二郎 / いしまる けんじろう |
誕生日 | 11月1日 |
出身地 | 大分県 |
身長 / 体重 / 血液型 | 173.0cm / 67.0kg / A型 |
星座 / 干支 | さそり座 / 巳年 |
出典:タレントデータバンク
▼石丸謙二郎
生い立ち
石丸謙二郎は、大分県出身の1953年11月1日生まれ。現在年齢は67歳。青年座映画放送に所属。[出典1]
引っ越しの多かった少年時代
石丸謙二郎は、銀行員の父親と京都出身の母親のもとに生まれた。[出典2] [出典3]
家族はほかに、一歳年上の兄、三歳年下の妹がいる。[出典4] [出典5]
父親の職業柄、少年時代は多くの引っ越しを経験しており、4歳から18歳までに住んだ家の数は27軒に及んだ。
転居のたびに、父親が大層な屋敷を社宅として借りていた。[出典2]
中学2年のときには、伊藤博文が泊まったとされる料亭旅館に住んでいた。[出典6]
両親には“ おりこうけんじろう”と呼ばれた
石丸謙二郎は、おりこうになってほしいとの願いから、両親に“ おりこうけんじろう”と呼ばれていた。[出典7]
小学生の頃はおねしょが治らず、中学校時代は奇行のため精神病院での診察を受けている。
高校時代は進学校へ通っていたものの、「先生が投げ出すほどのお馬鹿であった」と明かしている。[出典8]
身体能力が高く、「将来はターザンになりたいと思っていた」そう。[出典9]
高校時代に演劇と出会う
石丸謙二郎は、高校時代に演劇と出会った。部活も演劇部に所属している。[出典10]
高校卒業後は、日大芸術大学・演劇学科へ進学。[出典11]
しかし、「大学にいたら役者になるための場所がみつからない」と、中退している。[出典12]
大学中退後は、ニューヨークへ行こうとアルバイトでお金を貯めていた。
3時間睡眠の生活で貯めたお金だったが、友人の儲け話にのってしまい、持ち逃げされてしまったそう。
その後は「家がなくあちこちを転々とし、公園で寝たこともある」と明かしている。[出典9]
芸能活動
デビューのきっかけは劇作家のつかこうへい
石丸謙二郎は、1978年に劇団「つかこうへい事務所」の舞台『いつも心に太陽を』でデビューした。[出典1]
つかこうへいと出会ったのは、1978年に行われたロックミュージカル『サロメ』の舞台稽古である。
友人が出演すると聞き、稽古を見学に行った際、つかこうへいの目に留まった。
舞台『いつも心に太陽を』への出演は、つかこうへいからのオファーであった。[出典13]
つかこうへいの指導が厳しく稽古が辛い日々を送ったが、舞台が始まったときの気持ちを
あまりにも面白くてお客さんが熱狂しました。演じてる方も面白いのがわかるし、客席の反応がドーンとくるから楽しくてしょうがない。あの時、初めて僕は芝居のとりこになったんです。[出典13]
と語っている。[出典13]
以降、つかこうへい事務所所属の役者として約四年半、舞台に立ち続けた。[出典13]
テレビ・映画にも出演
石丸謙二郎は、1980年の大河ドラマ『獅子の時代』(NHK)でテレビドラマに出演。
1981年には、舞台演出家の蜷川幸雄監督の映画『魔性の夏・四谷怪談より』で、映画に初出演した。[出典14]
以降、1985年の連続テレビ小説『澪つくし』(NHK)、1989年の映画『黒い雨』のほか、2010年の伊坂幸太郎のベストセラー小説を映画化したミステリー映画『ゴールデンスランバー』など、数々のドラマや映画に出演している。[出典15]
2017年からは、西村京太郎サスペンスのドラマ『新・十津川警部シリーズ』(TBS)に出演。主人公の十津川警部の相棒役を演じている。[出典16]
またサスペンスドラマ『科捜研の女』(テレビ朝日)や、刑事ドラマ『相棒 Season11』(テレビ朝日)などに、ゲスト出演もしている。[出典17] [出典18]
https://twitter.com/tbs_pr/status/983296301361135616
ナレーターとしてお茶の間を“ 癒やす”存在に
石丸謙二郎は、1987年から現在までミニ紀行番組『世界の車窓から』(テレビ朝日系)でナレーションを担当している。[出典1]
落ち着きがある声が好評を博し、本番組は2016年5月2日に放送10,000回を達成。長寿番組となった。[出典1] [出典14]
2007年には特撮ドラマ『仮面ライダー電王』(テレビ朝日)で、時空列車デンライナーのオーナー役として出演。子供にも親しまれる存在となった。[出典14]
2013年には、アニメーション映画『劇場版 トリコ 美食神の超食宝』でナレーション出演。[出典19]
2015年には「第72回ベネチア国際映画祭」のオープニング作品として上映された映画『エベレスト3D』で、日本語吹き替え版キャストを努めた。[出典20]
登山の達人としても活躍
石丸謙二郎は、2018年4月からラジオ番組『石丸謙二郎の山カフェ』(NHKラジオ第一)でパーソナリティを担当している。
40年以上になる登山歴を生かし、「山好きカフェ」のマスターとして出演している。[出典1] [出典21]
2020年10月には、登山初心者向けの書籍『山へようこそ 山小屋に爪楊枝(つまようじ)はない』(中公新書ラクレ)を出版。
つかこうへい事務所を経てフリーの役者に。以後、独特の存在感と演技力で数々のドラマや映画、舞台に出演。テレビ朝日『世界の車窓から』のナレーションを務めていることでも有名。また、その鍛えた身体を生かして、TBS『SASUKE』に出演するなど幅広い分野で活動を展開。その他の主な出演作品に、NHK大分放送局『石丸謙二郎のおおいた彩発見』、テレビ朝日『警視庁ゼロ係~生活安全課なんでも相談室~』、TBS『初めて恋をした日に読む話』など。
出典:タレントデータバンク