2016年6月15日更新
どんな人?
- 駒田徳広は読売ジャイアンツや横浜ベイスターズに在籍した元プロ野球選手で、現在は野球指導者や野球解説者、タレントとして活動している。
- 満塁時の打席で無類の勝負強さを見せ「満塁男」の異名を持った。現役時代は長身の中距離打者として活躍した。
- 引退後は野球解説に加え俳優業も務め、妻とともにバラエティや旅番組にも出演することもある。
生い立ち
野球のルールを覚えたのは幼稚園年長の頃であったが、小学校に野球部がなかったため、本格的に始めたのは中学生になってからである。小学生の時は帰宅後ランドセルだけ置いて家を飛び出し、友達とよく公園で野球をしたという。また小学3年生の冬から水泳も始め、奈良県の中でも3位か4位に入る成績を残したが、満足できず小学校卒業を機に辞めてしまう。[出典1]
芸能活動
選手歴
高校卒業後、1981年にドラフト2位で読売ジャイアンツに入団、1994年に横浜ベイスターズに移籍した。2000年には2000本安打を達成し、名球会入りを果たす。2001年に現役を引退した。通算195本塁打を放ち、そのうち満塁本塁打は135本であり、「満塁男」の呼び名でファンから親しまれた。[出典2]また、1994年から1999年にかけて6年連続で満塁本塁打を放っており、これはイチローと並び日本記録である。[出典3]
監督・コーチ歴
2001年の引退後は東北楽天ゴールデンイーグルスと横浜DeNAベイスターズで打撃コーチを務めた。2012年9月に常磐大学硬式野球部臨時コーチ、[出典4]2016年1月に独立リーグ四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグス監督に就任する。同チーム総監督の江本孟紀が前年の日本シリーズ解説の際、隣の放送席で解説をしていた駒田氏を偶然見つけ、監督就任を要請したことがきっかけである。
駒田は就任前の記者会見で、
選手が持っている力を思いっきり出し切れるチームにしたい
と語っている。[出典5]
性格
スポーツ観
幼いときから子どもに一つのスポーツを習わせるべきでないと考えている。
子どもが小さいころは、遊びでいいんです。やっぱり、小さいころから野球をやったら、ヒジや肩の心配も出てくるし。サッカーだったら、ひざ・股関節の問題とかが絶対に出てきますもん。
と話し、早くからその競技の体形になった人は伸び悩むと指摘している。[出典6]