2021年11月19日更新
どんな人?
- DJ松永(でぃーじぇーまつなが)は、日本のDJ・トラックメイカー。新潟県出身の1990年8月23日生まれ。ソニー・ミュージックエンタテインメント所属。
- DJをやるために高校を中退。ターンテーブルを購入した3年後の2010年に、世界で最も栄誉あるDJ大会「DMC DJ Championship」に出場した。
- 上京後アルバイトをしながらのDJ活動を経て、2013年にヒップホップユニット「Creepy Nuts」を結成。
- 2019年に出場した「DMC JAPAN DJ CHAMPIONSHIPS」で日本一に輝き、同年の世界大会へ日本代表として出場。そこでも優勝し、世界一のDJとなった。
- 2021年に開催された「東京オリンピック2020」開会式に出演し、特別ルーティンを披露している。
▼DJ松永
生い立ち
DJ松永は、新潟県出身の1990年8月23日生まれ。現在年齢は34歳。ソニー・ミュージックエンタテインメント所属。[出典1]
ヒップホップに魅せられ、高校を中退
DJ松永は、中学2年生の頃からヒップホップを聴き始め、ストリートカルチャー全般に興味を持つようになったという。[出典2]
当時は、ヒップホップの持つ”得体の知れなさ”に魅力を感じていたといい、
ポップカルチャーではないから、学校でも知ってるやつは誰もいない。そういうの、中二心に刺さりますよね。みんなの知らない世界を知っちゃったぜ。俺、やべーって。一人でアガってました。[出典2]
とも語っている。[出典2]
また、小学生の頃からサッカー部に所属していたが、高校1年生の時に退部。
退部を機に、よりヒップホップへとのめり込んでいった。
その後、高校2年生の時にアルバイト代でターンテーブルを購入。
クラブにも出入りするようになり「学校の外にも魅力的な世界がある」と感じ、高校を中退している。[出典2]
21歳の時に新潟県から上京
DJ松永は高校中退後、アルバイトをしながらクラブDJとして活動。
地元である新潟県長岡市を中心にプレイしていたという。
しかし、新潟県のクラブシーンだけでは、DJとして生計を立てていくことが難しいと判断。
DJとしてより飛躍するべく、21歳の時に上京している。
上京後はアルバイトしつつ、東京のラッパーのライブDJとして活動していた。[出典2]
芸能活動
ヒップホップユニット「Creepy Nuts」として活動
DJ松永は、2013年にラッパー・R-指定とヒップホップユニット「Creepy Nuts」を結成。[出典2]
観客が提示したお題を元にR-指定がフリースタイルラップを披露するライブパフォーマンスが、”聖徳太子フリースタイル”と称され話題となった。
その後、2016年1月にミニアルバム『たりないふたり』、2017年2月にミニアルバム『助演男優賞』を発売。
同年11月に、シングル『高校デビュー、大学デビュー、全部失敗したけどメジャーデビュー。』でメジャーデビューを果たしている。[出典5]
また、2019年には声優とラップを掛け合わせたプロジェクト「ヒプノシスマイク」に楽曲を提供。
同プロジェクト内のユニット「どついたれ本舗」のチーム曲『あゝオオサカdreamin’night』を手掛けた。[出典18]
さらに、2020年11月には武道館公演も行っている。[出典1]