2018年5月9日更新

さかがみじろう

坂上二郎

満76歳没

坂上二郎(さかがみじろう)は日本で活動する。1934年4月16日生まれ。鹿児島県鹿児島市出身。本名坂上二郎。A型である。事務所は浅井企画。

どんな人?

  • 坂上二郎は1966年、萩本欽一とお笑いコンビ「コント55号」を結成。「飛びます!飛びます!」などの流行語を生んだ。
  • 1970年代からは俳優としても活躍した
  • 坂上次郎は2011年3月10日、脳梗塞のため死去。76歳だった。

プロフィール

本名坂上二郎
生年月日1934年4月16日
没年月日2011年3月11日(満76歳没)
身長 / 血液型160cm / A型
出身地鹿児島県鹿児島市
最終学歴鹿児島市立清水中学校卒業
デビュー年1954年
所属事務所浅井企画

生い立ち 

中学卒業後、鹿児島市内にあった現マルヤガーデンズの前身である丸屋呉服店に入社している。[出典1]

芸能活動

芸歴

1953年に『のど自慢』(NHK)で優勝したのを機に歌手を目指し上京。青木光一の付き人をするうち歌謡ショーで漫才や司会を担当していた。1966年に萩本欽一とコント55号を結成。1969年に始まった『コント55号!裏番組をブッ飛ばせ!!』(日本テレビ系)では、じゃんけんで負けると服を脱ぐ野球拳で人気を集めた。1970年代からは俳優としても活躍。クイズ番組『ぴったしカン・カン』(TBS系)にも長く出演していた。[出典2]

▼相方・萩本欽一

コント55号での活躍

坂上二郎は萩本欽一とコント55号を結成し、「飛びます!飛びます!」などの流行語を生むなど、一世を風靡した。[出典3]
萩本欽一は「コメディアン修行をしていて、一番嫌だとおもったのが坂上二郎だった。だからその人から一緒にコントをやろうと電話がきたのはとてもショックだった」と後に明かしている。
「1回だけね」といってコントをはじめたが、結局坂上二郎がなくなるまで一緒にやっていたという。

コンビを組んだ時、ふたりで決めたことはプライベートでは付き合いをしないということだといい、

「だいたいコンビって仲が悪くなるから、長く続けるには深くつきあったり、会話をしないことだね」

とプライベートでの交流を一切禁止したという。

萩本欽一は坂上二郎の死後、坂上について、

僕が抵抗ありそうなことはすぐ察してくれたり、逆に番組の打ち合わせなんかは完全に僕に任せてくれた。「俺は欽ちゃんにずっとついて行けばいいんだから」って。涙が出るほど、最高の人だったなって思った。[出典4]

と語っている。

死去後に初ベスト盤が発売される

死去後の2011年6月29日にベスト盤CD『坂上二郎 ゴールデン☆ベスト』が発売された。
これまでコント55号のベストは出ているが、坂上のソロベストは初めてである。1974年11月に発売されたヒット曲『学校の先生』など、全19曲が収められた。
過去のジャケット写真は、長らくレコード会社の地下倉庫に眠っていたものを探し出し、所属事務所の快諾を得て歌詞カードなどに使っている。
販売元のソニーミュージックダイレクトは、「3月10日に亡くなられ、本来なら、その功績がもっと紹介されるべきところ、震災のため少なかったのが非常に惜しまれる。追悼の意味をこめて制作したが、追悼盤と謳うことは控えました」としている。[出典5]

私生活

結婚

1958年に結婚している。娘の亜樹は1980年代に女優として活動、ドラマ『スクール☆ウォーズ』(TBS系)に出演していた。[出典2]

脳梗塞で倒れる

2003年9月25日、埼玉県内のゴルフコースで脳梗塞を発症する。

3打目を打とうとした時、たまたま一緒に回っていた知人の医師が叫んだんです。『二郎さん、そのまま動かないで』。何のことやら分かりません。ただ、ボールをなかなか打てなかったことを覚えています
左手でクラブをしっかり握れず、親指と人さし指がだらんと伸びていたという。「右手だけで打とうとしていたんですから、うまくいくわけないですね。左手の感覚がなくなり、自分では異常に気づかなかったんですね[出典6]

脳梗塞の前兆と思われる異変は少し前からあったという。

発作の2か月前の健康診断の心電図検査で不整脈を指摘されたが、健康には留意しているつもりで、年齢と共に酒量を減らし、1日1〜2時間のウオーキングを続け、血液検査や内視鏡検査も定期的に受けていたため、疲れかと思い、特に生活は変えなかったという。
発作の2日前には、地域の隣人たちとのカラオケ会で手にしたビールのコップが激しく震えたという。ビールはこぼさずに済んだが、震えは20秒近く続いた。ただその後はカラオケを楽しむことができ、気にとめなかったと話す。[出典7]

発作後のCT検査では脳梗塞のダメージは脳のかなり広範囲に広がっていることが分かった。もう少し広がっていたら、手術が必要な状態だったという。

入院1週間目からリハビリが始まった。左手が思うように動かなかったが、坂上はどうしても回復させなければならない理由があると話していた。

『飛びます、飛びます』。これができないと、坂上二郎じゃなくなっちゃいますからね。[出典8]

最初のリハビリはタオルの上にまいた大豆を指でつまみ、箱に入れる方法であったが。感覚を失った左手ではうまくつまめず、入れる途中で飛んで行ってしまった。坂上は「豆が飛びます、飛びます」とシャレてみたが、ろれつが回らず、うけなかったという。

また当時の葛藤も明かしている。

脳梗塞はあまり痛みがなく、病気という実感がないんです。ところが体は自由にならないから、イライラする。看病してくれたママ(妻)には何度もあたってしまいました。

2003年11月に退院を果たす。退院後は在宅リハビリを続けながら、翌年に萩本欽一と競演する東京・明治座の舞台での復帰を目指し、無事復帰を果たした。

欽ちゃんから、車いすでもいいから出て欲しいと言われました。リハビリ中の病人にかける言葉ではないですが、どうしても坂上二郎が必要だ、早く元気になって、という欽ちゃんらしい激励の言葉だったんです。[出典9]

再び脳梗塞で倒れる

2010年8月13日に自宅のキッチンで脳梗塞の発作を起こし、再び倒れた。この発作により、右半身も不自由になり、ほぼ全身の自由が利かなくなったため、介護を受けながら入院を続けた。[出典2]

脳梗塞でなくなる

2011年3月10日に脳梗塞を発症、76歳で死去した。
死去に際し、コント55号の相方である萩本欽一は、「コント55号は、幕引きです」と唇を噛んだ。最後に会ったのは昨年12月だといい、「二郎さんが握手を求めてきた。温かい手だった。『俺がんばるぞ』という握手だと思ったが、今思えばさよならの握手だったんだなあ…」と涙声で語っている。
元ナンセンストリオの岸野猛は、「同じ時代に上と下とでやっていた仲間。風呂も一緒に入った。僕らがナンセンストリオで売れ出すと、二郎さんは『オレもテレビにでたいよ』と言っていました」と話していた。
岸野の相方を務める原田健二は、「楽屋が一緒だと楽しい人だった。歌と司会をやっていたでしょ。それはうまかったけれど。いつも化粧もしないで舞台にでていましたね。みんなで鉄道慰安に行ったことを思い出します」と振り返った。[出典10]

性格

相方の萩本とは仕事が終わると「じゃあね」とすぐに別れて、一緒に食事もしない関係であった。お互いの領域に踏み込まないと、結成間もなく約束していたという。[出典11]

出演

映画

出典

  1. 『訃報 坂上二郎さん 3月10日死去』(マルヤガーデンズブログ)
  2. 『坂上二郎さん天国へ 欽ちゃん「俺を独りにして…」』(スポニチ)
  3. 『坂上二郎さんが死去…「コント55号」で国民的人気』(スポーツ報知)
  4. 『テリー伊藤対談「萩本欽一」二郎さんとは私的な交流がなかったの?』(Asagei plus)
  5. 『坂上二郎さん初ベスト盤…ジャケ写は倉庫から“発掘”』(ZAKZAK)
  6. 『[タレント 坂上二郎さん]脳梗塞(1)左手の感覚がない』(読売新聞)
  7. 『[タレント 坂上二郎さん]脳梗塞(2)発作2日前手に震え』(読売新聞)
  8. 『[タレント 坂上二郎さん]脳梗塞(3)「飛びます」のために』(読売新聞)
  9. 『[タレント 坂上二郎さん]脳梗塞(4)舞台復帰へリハビリ』(読売新聞)
  10. 『浅草芸人たちが涙声で語る下積み時代の二郎さんとは』(ZAKZAK)
  11. 『萩本欽一が高級車・高級時計への欲を捨てた青島幸男氏の一言』(NEWSポストセブン)
  1. 『訃報 坂上二郎さん 3月10日死去』(マルヤガーデンズブログ)
  2. 『坂上二郎さん天国へ 欽ちゃん「俺を独りにして…」』(スポニチ)
  3. 『坂上二郎さんが死去…「コント55号」で国民的人気』(スポーツ報知)
  4. 『テリー伊藤対談「萩本欽一」二郎さんとは私的な交流がなかったの?』(Asagei plus)
  5. 『坂上二郎さん初ベスト盤…ジャケ写は倉庫から“発掘”』(ZAKZAK)
  6. 『[タレント 坂上二郎さん]脳梗塞(1)左手の感覚がない』(読売新聞)
  7. 『[タレント 坂上二郎さん]脳梗塞(2)発作2日前手に震え』(読売新聞)
  8. 『[タレント 坂上二郎さん]脳梗塞(3)「飛びます」のために』(読売新聞)
  9. 『[タレント 坂上二郎さん]脳梗塞(4)舞台復帰へリハビリ』(読売新聞)
  10. 『浅草芸人たちが涙声で語る下積み時代の二郎さんとは』(ZAKZAK)
  11. 『萩本欽一が高級車・高級時計への欲を捨てた青島幸男氏の一言』(NEWSポストセブン)

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