2011年頃から、芸能活動と並行してヨガインストラクターとしても活動していた田中。恩納村にある4階建一軒家の自宅では、2階部分を改装してヨガスタジオとして利用している。
また、ボードに乗って水上で行う“サップヨガ”協会設立に携わり、理事長兼インストラクターも務めている。
更に、海に関わる活動にも取り組んでおり、NPO法人「アクアプラネット」でサンゴの再生に尽力。その他、美ら海沖縄大使や久米島観光大使、石垣島サンゴ大使などとしても活動。[出典10][出典2]
また、月の半分近くを沖縄で過ごしているそうで、住民票も沖縄であり、仕事のために東京へ出て来るという生活を送っている。[出典11]
結婚・離婚
15年間の仮面夫婦生活
田中律子は、人気絶頂期であった1997年にカメラマンと結婚。1998年には女児を出産しており、「ママタレント」としても活躍していた。
しかし、自身が40歳になった2012年に離婚を発表。
離婚の根本的原因となったのは、夫を出産の場に立ち合わせたことだという。
不安だったので、無理やり立ち会ってもらった。その後から『ちょっと無理』と男と女の関係じゃなくなって『一回もないんですよ』[出典13]
と語っており、早くからセックスレス状態であったという。[出典13]
その状況に「27歳で老夫婦のようになってしまうのか」と思った田中は、夫に自身の気持ちを伝えたそうだが、関係は修復されなかった。
その後もメディアや家の外では“仲良し夫婦”を装っていたが、家に帰ると冷めた関係となる仮面夫婦を13年という長い間演じていたという。
離婚も考え、周囲や事務所に相談することもあったそうだが、当時はまだ娘が幼く、複数のCMにも出演していたため断念。
しかし、娘から「もう離婚してもいい」との言葉をかけられ、離婚を決意。[出典13]
離婚後は、移住に向けて突然沖縄で自宅を購入したそうで、娘も驚いたという。[出典10]
娘とは現在友達のような関係
田中律子の娘は、両親が離婚した時中学生。娘は苦手な英語を勉強し、単身イギリスへ留学したという。
高校3年間をイギリスで過ごした娘は、そのままロンドンの大学でアートの勉強をしており、グラフィックデザイナーを目指している。思春期をイギリスで過ごしたせいか、はっきりとした性格をしており、髪を金や青に染めるなど、自由に過ごしているそう。
また、母の活動には興味がないそうで、たまに沖縄に来ることがあっても日焼けを嫌い海には入らないという。[出典2]
▼娘との2ショット