2019年6月3日更新
米津玄師がメンバーであった中学バンドは高校になっても形としては残っていた。しかし、ライブは年2回ほどで練習と称し遊んでいたそう。
高校に進学すると、ニコニコ動画での投稿を始める。
インターネット上で本名を使うことにあまり馴染みがなかった当時、米津玄師は「ハチ」という名前で活動していた。
高校生時代のハチはニコニコ動画に計20本の動画を投稿。未発表の作品を含めると高校3年間で100本近くの動画を作り上げていたという。[出典5]
▼ハチはニコニコ動画でも話題に
ボーカロイド作成にシフトチェンジ
2008年まで米津玄師(ハチ)はニコニコ動画に投稿するものを自らが歌っていた。
しかしVOCALOID(ボーカロイド)の存在を知り、その魅力に引き込まれたことからボカロを用いた制作を開始。
当時、ニコニコ動画にはボーカロイドである「初音ミク」を使った曲を投稿し、ユーザー同士が評価し合うというコミュニティが出来上がっていたため、そこで自らの作品も聴いてもらいたいと考えていたそうだ。[出典5]
▼初音ミク
https://twitter.com/natalie_mu/status/942944596169854976
ハチとしての活動
ハチとしてリリースしたアルバムは2010年発表のアルバム『花束と水葬』、『OFFICIAL ORANGE』の2枚。
中毒性のある音作りが瞬く間に評価され、日本だけではなく海外からも高い支持を得た。ハチとして発表した楽曲には「マトリョシカ」、「パンダヒーロー」、「結ンデ開イテ羅刹ト骸」といった作品がある。
▼ハチ「マトリョシカ」MV
2017年にハチが復活!?
一時ニコニコ動画からの引退をするも、2017年8月には初音ミク10周年を記念し、ハチ名義で楽曲「砂の惑星 feat.初音ミク」を発表した。[出典1]
▼ハチ MV「砂の惑星 feat.初音ミク」
美術大学を卒業
楽曲発表にあたり、イラストや動画も自らで手がけている米津玄師。
高校卒業後は美術大学に進学し「イラストレーション」を専攻していた。しかし「学びになった実感はない」とも語っている。
また米津玄師の母親は、なんと美術の教員免許を取得しており、その影響を受けてか幼少期の頃から絵を描くことが好きであったという。
楽曲が完成する前にジャケットの絵を決めることはなく、完成した音を聴いてからイメージを膨らませていくそう。
ちなみに楽曲「アイネクライネ」のMVは米津玄師が手がけたアニメーション動画となっており、描いた枚数は800枚だと明かしている。[出典6]
▼イラストの才能もあり!?
https://twitter.com/hachi_08/status/883942657742983168