2022年2月3日更新
どんな人?
- 伊東四朗(いとうしろう)は、日本で活動するコメディアン・俳優であり、日本喜劇人協会相談役。東京都台東区出身の1937年6月15日生まれ。オルテ企画所属。
- 大学時代は、働きながらも観劇へ行くように。役者から顔を覚えられるほど通っており、そのことがきっかけで舞台に誘われ、一座に参加。
- コメディアンとして、「てんぷくトリオ」や「電線マン」などで人気を博した。
- 役者としては、1977年放送のドラマ『ムー』(TBS)に出演し人気を博し、1983年放送のドラマ『おしん』(NHK)の大ヒットと共に俳優業がメインとなっていった。
- バラエティやCMなどにも数多く出演しており、『伊東家の食卓』(日本テレビ)や『脳内エステ IQサプリ』(フジテレビ)などの人気番組にも出演している。
プロフィール
芸名 / 読み | 伊東 四朗 / いとう しろう |
誕生日 | 6月15日 |
出身地 | 東京都 |
身長 / 体重 / 血液型 | 166.0cm / 73.0kg / O型 |
星座 / 干支 | ふたご座 / 丑年 |
出典:タレントデータバンク
▼伊東四朗(左)
生い立ち
伊東四朗は、俳優・芸人・日本喜劇人協会相談役。本名は伊藤輝男。[出典1][出典2][出典3]
1937年6月15日生まれで、現在の年齢は87歳。[出典1]
東京市下谷区(現・東京都台東)出身。1956年、都立市ヶ谷商業高校を卒業。早稲田大学に入学し、生協で働きながら演劇に通っていた。[出典3][出典4]
芸能活動
大学在学中、頻繁に客席にいることから楽屋に呼ばれるように。[出典4]
1958年に、石井均に声をかけられ“石井均一座・笑う仲間”に加入。生協の正社員にならないかと声をかけられていたが、“笑う仲間”加入を選んだ。
その後、70年代に芸人としてブレイクするが、80年代以降は俳優業に力を入れている。[出典3]
ドラマや映画、舞台やバラエティで活躍中。[出典1][出典6]
バラエティでは『伊東家の食卓』(日本テレビ系)や『脳内エステIQサプリ』(フジテレビ系)などに出演していた。[出典1][出典7]
コメディアンとしての活動
劇団で、1961年に三波伸介、戸塚睦夫と「てんぷくトリオ」を結成し人気に。当時、伊東は24歳。[出典3][出典4]
そんな中、1973年に、トリオのメンバー・戸塚が急死し一本立ちすることに。1977年のバラエティ『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』ではベンジャミン伊東という名前で小松政夫らと『電線音頭』を踊り、子供達を中心に大ブレイクした。[出典3][出典5]
役者としての活動
デビュー前、兄がアマチュア劇団を主宰していたことをきっかけに、12歳の時に初舞台を経験している。[出典4]
本格的に俳優業を始める前の芸人時代にも、複数の映画に出演。1983年に出演したNHK連続テレビ小説『おしん』以降は、本格的に俳優業に取り組むことに。同作では、ヒロインの父親を演じた。
映画『マルサの女』『スーパーの女』など複数の伊丹十三作品に出演している。[出典3]
三宅裕司と旗揚げした“伊東四朗一座”の公演は、2004年から2011年まで複数回行われた。[出典3][出典4]
出演作品(映画・ドラマ)
映画『マルサの女』でパチンコ屋の社長に
1987年公開の映画『マルサの女』は、女性査察官(=マルサ)と脱税者の戦いが描かれた作品。伊東は劇中で、売上金を着服するパチンコ屋の社長を演じた。[出典8]
同作は、映画公開の同年に「マルサ」が流行語大賞・金賞を受賞するなど大ヒットを記録した。[出典9]
ドラマ『おしん』でおしんの父を演じた
ドラマ『おしん』は、1983年に放送され爆発的な人気を記録したNHKの連続テレビ小説。伊東は同作以降、本格的に俳優業を行うようになり、いまも代表作の1つでもある。[出典1][出典3][出典10]
ドラマ『おかしな刑事』で主演!
2003年にスタートし、2019年に20作目を迎えたドラマ『おかしな刑事』(テレビ朝日系)で、主演を務めている。[出典11]
同作は、伊東演じるたたき上げの刑事・鴨志田新一と羽田美智子演じるその娘でエリート警官の岡崎真実の2人の活躍を描いた作品。[出典12]
1962年に三波伸介、戸塚睦夫と「てんぷくトリオ」を結成し一躍人気者に。トリオ解散後もバラエティ番組などを中心に活躍。小松政夫との共演が話題になり、テレビ朝日『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』での親子コントや「電線音頭」などで人気を博した。1983年、NHK『連続テレビ小説「おしん」』の父親役に抜擢され、シリアスな演技もできる俳優としての評価も得、活動の場を大きく広げる。映画・テレビドラマ・舞台にと多方面で活躍する。喜劇・軽演劇の舞台役者としても有名。
出典:タレントデータバンク