2018年11月15日更新
出典:タレントデータバンク
どんな人?
- 黒柳徹子は女優。NHK放送劇団に受かったことで、1953年からテレビ女優第1号としての活動を始めた。
- 「髪型に視聴者の意識を向けさせない」ため、番組出演時には玉ねぎ頭の髪型を変えない。なお、髪の中には飴やどら焼きが入っている。
- 『窓ぎわのトットちゃん』を発売し、800万部を売り上げるベストセラーとなった。また、ユニセフ親善大使として、世界中を訪れている。
- インスタが話題。若い頃の写真を公開すると、ファンからは可愛いという声が多数寄せられた。
- 黒柳徹子が考案したとされる「黒柳徹子ケーキ」が、2013年にネット上で話題になった。
▼女優・黒柳徹子
黒柳徹子の生い立ち
黒柳徹子の家族は?
黒柳徹子は1933年8月9日に、東京都の乃木坂で生まれた。現在の年齢は91歳。[出典1][出典2]
父親はヴァイオリニストの黒柳守綱、母親はエッセイストの黒柳朝である。兄妹は2男2女の4人兄妹。[出典3]
ヴァイオリニストの娘として育てられた黒柳徹子は、東京音楽大学を卒業した。なお、専攻は声楽科であった。
その後、東京やニューヨークで演劇について学び、黒柳徹子は女優としての活動を始めている。[出典4]
▼素敵なご両親のもとで育った!
黒柳徹子は自身の母親・黒柳朝について、
20歳過ぎたらなんか友達のような関係[出典36]
になったと明かしており、彼女から見ても母親は「変わっていた」そうだ。
そんな黒柳徹子が尊敬する母は、96歳でこの世を去っている。[出典36]
▼黒柳徹子と母・黒柳朝
https://twitter.com/mbocgc/status/1037315721447886849
小学校時代は…
黒柳徹子の好奇心旺盛さは、小学校の頃から健在だったという。
たとえば鳥に話しかけたり、気になったことがあると教師を待ち伏せしたりと、幼い彼女はやりたい放題。
その結果、ついに担任の教師から……
おたくのお嬢さんがいるとクラス中の迷惑になります![出典5]
と、小学1年生にして退学を言い渡されてしまったのだとか。
ちなみに、この一連の出来事は、黒柳徹子が小学校に入学してから3ヶ月しか経っていない頃に起きた。[出典5]
▼入学3ヶ月で退学……
「トモエ学園」に転校
その後黒柳徹子は「トモエ学園」に転入した。
「トモエ学園」では生徒の意思が尊重され、たとえば好きな科目から学んでよく、教室もフリーアドレス制。
東京・乃木坂生まれ。父はヴァイオリニスト、NHK交響楽団のコンサート・マスター。トモエ学園から香蘭女学校を経て、東京音楽大学声楽科を卒業しNHK放送劇団に入団。NHK専属のテレビ女優第1号として活躍。その後、文学座研究所やニューヨークのMERRY TARCAI演劇学校などで学び、アメリカのテレビ番組、ジョニー・カーソンの『ザ・トゥナイト・ショー』など、多くのテレビ番組に出演。また、タイム、ニューズウィーク、ニューヨークタイムス、ヘラルドトリビューン、ピープルなどに日本の代表女性として紹介される。日本で初めてのトーク番組『徹子の部屋』は、大人気の長寿番組となり、同一司会者による番組の最多放送回数記録でギネスに認定される。著作『窓ぎわのトットちゃん』は760万部のベストセラーとなり、世界35ヶ国で翻訳される。日本語版の印税で社会福祉法人トット基金を設立。プロの、ろう者の俳優の養成、演劇活動、手話教室などに力を注ぐ。ユニセフ(国際児童基金)親善大使としてアフリカ、アジアなどを訪問。メディアを通して、その現状報告と募金活動などに従事。その他、日本ペンクラブ会員、ちひろ美術館館長、東京フィルハーモニー交響楽団副理事長、日本パンダ保護協会名誉会長、WWFジャパン顧問など多方面で活動。2021年にYoutubeを開設したことも話題となっている。
出典:タレントデータバンク