AKB48卒業へ!大島優子の卒業までの道のりとは。
AKB48で国民的アイドルとして絶対的地位を築きあげた大島優子。ついに卒業することを発表した。卒業公演への思いや心境とは。彼女の芯に迫る。
2016年9月7日更新
AKB48からの卒業を発表
2013年の大晦日『NHK紅白歌合戦』(NHK)でAKB卒業を電撃発表した大島優子。[出典1]
大島の卒業セレモニーは当初、2014年3月30日に開催を予定。しかし荒天により順延し、6月8日に味の素スタジアムで卒業セレモニーを行い、その翌日の劇場公演を持って卒業することが決定した。[出典2]
▼大島優子卒業セレモニー
卒業曲で単独センター
2014年1月、AKB48の35thシングル「前しか向かねえ」で大島は秋元氏からの指名で初単独センターとなった。
この「前しか向かねえ」は、同月に行われた「AKB48リクエストアワーセットリストベスト200 2014」の2日目公演で初披露された。[出典1]
大島は、
「これがAKB48の選抜として歌わせていただく最後の曲になります」[出典1]
とファンに直接報告し序盤からマイクスタンドを激しく振り回し、客席までマイクをふっ飛ばす大熱演。
ヘッドバンギングしたり、拳を振り上げたりと、予告どおりの暴れぶりで2000人の観客を熱狂の渦に包み込んだ。[出典1]
▼シングル「前しか向かねえ」
大島は自身の背中を後押しする歌詞について
「私の想いを秋元先生に相談し、書いていただいた曲です」[出典1]
とコメントした。[出典1]
メンバーからの言葉に涙
2014年6月9日、大島は秋葉原のAKB48劇場で卒業公演を行い、同期の宮澤佐江をはじめ、お互い“戦友”と呼び合う高橋みなみ、渡辺麻友、小嶋陽菜らの最後のメッセージに涙した。[出典3]
宮澤は
「2期生のオーディションに合格して一緒にやってきました。出会ってからの8年半すべての大島優子を知っているのが私の自慢です。優子との関係は死んでも続く関係。ファンの人にたくさんの愛をささげていると思う。これからもずっと親友でいて下さい。卒業おめでとう」[出典3]
と祝福した。[出典3]
▼大好きと語る宮澤
https://twitter.com/oyasuminaSAE_m/status/475977665413791746
渡辺は
「優子ちゃんはすごく偉大な先輩です。私が初めて選抜メンバーに入ったとき、時に厳しく、時に優しくたくさんのことを教えて下さった。私たち後輩にAKBのことは任せたよって言ってもらえるように。これからのことは任せて下さい」[出典3]
と宣言した。[出典3]
小嶋は
「優子は同い年で憧れでもあるし、刺激になったし、優子が頑張ってるから、優子がいなくなったら頑張れないと思う。でも、いるだけでいいと言われたので、いるだけいようと思います」[出典3]
と笑って話した。[出典3]
▼こじゆうコンビ
高橋は
と話した。[出典3]
卒業への思い
2014年6月9日、AKB48卒業公演で大島は、最後の卒業スピーチをした。[出典4]
「みんなが応援してくれて「会いに行けるアイドル」というコンセプトが次第に広がっていきました。アキバ系アイドルとして始まった私たちが、きのう味の素スタジアムという7万人の大きな会場を埋め尽くして、それは本当に夢のような出来事で。とっても狭く感じるけれども、でも、この狭い空間が私が、AKB48の大島が生まれた原点です。」[出典4]
と振り返り
「ここで踊れなくなる、ここに通えなくなるということが一番悲しくて、寂しいです。ここにはすごい思い出が詰まっていて、みんなの笑顔と、みんなの汗と楽屋の狭さと、楽屋の汚さと、空気の悪さといろいろあるんですけど、でも、本当にここから出発できて、よかったなぁって思います。」[出典4]
と寂しさを涙ながらに語った。最後に
「普通の女の子だった私たちを見つけて応援してくれて、皆さん、本当にありがとうございました。普通の女の子が大きな夢を持ってもいいんですよね?その勇気を与えてくれて、ありがとうございました。ここで8年半、培ってきたものをを自信に、しっかりと自分の足元を見て、歩いていきたいと思います。ファンの皆さん、今後もAKB48、そして私大島優子、そして、卒業生のこと応援をよろしくお願いします。AKB48は私の宝物です。そして、今後のソロ活動をしていく大島優子もよろしくお願いします。」[出典4]
と締めくくった。[出典4]